行動性体温調節を考慮した体感気候設計に向けた人体の熱収支に関する研究

人間にとって健康で快適な居住空間を創造したり、現在の居住環境を改善したりするためには、人間の持つ根幹的な生命維持機序である体温調節に関わる温熱環境が人体に及ぼす影響を人体の生理反応や心理反応を通して正確に把握することが不可欠である。この温熱環境が人体に及ぼす影響を知り、その結果を居住環境の創造や改善に活かすことを目的として、一連の研究に取り組んでいる。その研究は、人体の生理・心理的知見に基づく人間の立場からの居住環境評価と体感気候設計条件に関する研究である。
そこで、主要な研究では、文化や気候風土を背景とした行動生体温調節としての姿勢や身体特性の変化に着目し、人体の熱収支を構成している人体係数値を明確にしている。加えて、人体の熱収支式に基づき熱伝導の条件と人体の伝熱面積を組み込み、気流と気温・熱放射・湿度・熱伝導の5条件を含めた室内温熱環境評価指標ETFと気温と風速、長波長熱放射、熱伝導、湿度、短波長日射量の6条件を含めた屋外温熱環境評価指標ETFeを新たに開発している。被験者を用いた実験により、それぞれの影響を加算的に表現できる体感温度指標としての有効性を明らかにし、生活空間における快適温熱環境範囲を提案している。温熱環境評価に姿勢という視点を加えることで、生活空間の温熱環境をより現実的に表現可能としている。そして、これらの室内空間の基礎研究を基に、屋外空間の研究に発展させている。
この一連の主要な研究は12の領域に分けられる。これらは、人体の熱平衡式に関する考え方、体表面積算出式の検討、代謝量の検討、対流熱交換に関する人体熱特性値の計測、放射熱交換に関する人体熱特性値の計測、伝導熱交換に関する人体熱特性値の計測、平均皮膚温算出法に関する検討、着衣に関する熱特性値の検討、温熱環境評価指標の開発、温熱環境が人体の生理および心理反応へ与える影響の考察、人体の快適温熱環境域への応用、人体反応の解析と人体と温熱環境の科学的な記述に向けた展開となる。
温熱環境の計画や設計、空調設備の制御の基礎理論として体感温度が用いられてきた。しかし、従来の体感温度はオフィス空間主体の温熱環境評価法の組込みにとどまっている。これらは、主に椅座位姿勢での軽作業を対象にした実験室空間での研究成果が根拠となっている。しかし、実験室空間よりも生活空間では行動の自由度が高いために、環境に働きかけをおこない温熱環境を調整する行動性体温調節がおこなわれている。生活空間では床面と密接な関係にある多様な姿勢が多くとられ、この姿勢の違いが人体の熱収支に関与する人体の係数値に強く影響を与える。さらに、文化や食生活などのさまざまな要因により体格や体組成などが変化するので、人体を対象とした研究は継続的におこなう必要がある。
体感温度は人体とその周囲環境との間の熱収支を表現しているが、人体の熱収支を算出するには人体に関わるさまざまな係数値を特定する必要がある。従来は立位と椅座位の極めて条件を限定した場合での人体係数値のみを根拠として温熱環境の計画や設計、評価、制御がおこなわれてきた。主要な研究では、生活空間でとられる基本姿勢別に人体の係数値を提案している。人体の体表面積算出式、人体の対流伝熱面積、人体の対流熱伝達率、対流伝熱面積を考慮した平均皮膚温算出式、人体の放射伝熱面積、人体の形態係数値、人体の放射熱伝達率、人体の伝導伝熱面積、熱伝導を考慮した平均皮膚温算出式、人体の椅座位を基準とした代謝量率、着衣面積増加率、着衣熱抵抗を上述の姿勢別に提案・究明している。これまでは微少量の差で姿勢の違いは無視可能になると見做されてきたが、姿勢の違いを考慮して熱収支を算定する必要があることを明らかにしている。そして、生活空間での多様な姿勢を対象とした温熱環境条件の設定に具体値を示し、新たな体感温度指標を開発している。人体の対流伝熱面積や伝熱面積に着目した伝熱学的に正しい平均皮膚温算出式、熱伝導と短波長日射の影響を組み込んだ屋外温熱環境評価指標の提案は世界で初めてのものである。
さらに、生活空間の気候形成に影響を与える地域の気候と本研究で提案した算出式や具体値を根拠とした人体データを用いて、生活行動的な体温調節・環境調節法が体感気候の形成に与える影響について定量的な検討をおこない、温熱環境の計画をおこなう際の基礎的知見などを提供している。姿勢や熱伝導を定量的に評価することで、熱伝導を積極的に活用した空調設備である床冷房環境の快適温熱環境範囲を提案し、積極的な熱伝導や熱放射を利用することが、文化や生活実態に即した省エネルギーに有用であることを示している。加えて、従前の人体データの活用により、屋外環境の熱収支解析から評価指標の開発、指標の有効性の検討を経て快適範囲の提案をおこない、環境退避行動について言及している。
以上、研究の中心は、生活空間の温熱環境の解明のために、従来のオフィス空間主体の温熱環境評価法を、生活空間に適応させるように努力し、人体の熱的特性値の算出式や具体値の提案、体感指標の開発をおこっていることは大きな成果であり、生活環境の創造や改善に大きく寄与している。
第1章の人体の熱平衡式に関する研究では、人体と環境との間の熱平衡式とその人体側の要因である人体に関する係数値研究の進展を技術史的に明らかにし、その問題点と検討事項について述べている。人体と環境との間の熱平衡式を算定するには人体に関わるさまざまな数値を特定する必要があることを示している。室内空間における生活環境では、行動性体温調節を考慮した姿勢状態や姿勢変化が温熱環境を計画するには重要な問題となることを示している。熱交換量の算定式を中心とした人体係数値の問題点を指摘している(論文1)。そして、蓄積されてきた姿勢別の人体係数値を基に、温熱環境指標や熱収支に関する研究で一般的に用いられている立位や椅座位姿勢の人体係数値とその他の平座位や臥位姿勢のものとの間には有意な差があることを示している。実在の空間は均一空間ではなく不均一空間であり、床面付近の室温や表面温度は他の室内構成面と比較して顕著な温度差が形成されている。立位や椅座位と比較して、平座位や臥位姿勢では床からの伝導や放射の影響を強く受けるので、姿勢の違いを考慮して日本人の熱収支を算定する必要があることを明確にしている(論文2)。
第2章の体表面積に関する研究では、日本人の体表面積算出式の提案と検証をおこなっている。人体の体表面積に関する研究は19世紀の後半より始められ、多くの実測研究と体表面積算定式を導出する研究がなされている。海外においては、1916年のDuBoisの人体の体表面積算出式が広く利用されている。日本においては、1968年の藤本・渡辺らの6歳以上の人体の体表面積算出式が広く利用されている。食生活や住まい方の変化に伴い日本人の体格・体組成は大きく変化するので現状の把握をすることは必要不可欠である。日本人の体表面積の現状を把握するために、体表面積を実測している。日本人に最も適合性のある体表面積の算出式を提案している(論文3)。提案した人体の体表面積算出式が約10年を経た後でも適用可能かの検討をおこなっている。実測値と適合することを確認し、提案した人体の体表面積算出式の有効性を検証している(論文4)。
第3章の代謝量に関する研究では、日本人の生活空間における温熱環境を詳細に評価あるいは予測するための代謝量の基準値を生活空間でとる姿勢別に実測により求めている。代謝量は作業状態ごとに一覧化されているが、平座位を中心としたくつろぐ時にとる姿勢での代謝量は示されていない。日本人の代謝量を立位、正座位、胡座位、横座位、立て膝位、投げ足位、側臥位姿勢について示している。椅座位姿勢からその他の姿勢に変えることの影響を確認し、姿勢別に代謝量を示す必要があることを明らかにしている(論文5)。椅座位姿勢の代謝量を基準とした各姿勢の日本人の代謝量比を明らかにし、日本人が生活空間でとる姿勢別の代謝量を椅座位姿勢の代謝量を定めることで算出可能としている(論文6)。
第4章の対流熱交換については、対流伝熱面積率と対流熱伝達率に関する研究である。対流伝熱面積率に関する研究では、全体表面積を測定することで、人体の対流熱交換に関わる伝熱面積率を姿勢別に明らかにしている(論文7)。人体は全て気流に開放されるとしていたが、対流伝熱面積率は放射伝熱面積率よりも大きな値となることを示している。熱平衡式には対流面積率が不可欠な要因となることを実証している(論文8)。人体の対流面積率の実測による究明は世界で初めてである。次に、対流熱伝達率に関する研究では、人体の対流伝熱面積と風向に着目し、人体全身の対流熱伝達率を実験により求め、人体の対流伝熱面積を組込んだ対流熱伝達率の実験式を提案している(論文9, 10)。次に、風向に着目した人体の強制対流時における熱伝達率を求めるために、人体の部位別の熱伝達率を人体を用いた実測により明らかにしている。風向別、姿勢別に取り扱う必要があることを明確にし、人体の伝熱面積を組込んだ全身の対流熱伝達率の実験式と放射熱伝達率を姿勢別と風向別に提案している(論文11)。次に、オフィス空間における天井面からの空調に着目し、椅座位姿勢における人体の上方からの下向き吹き出し強制対流時の人体全身の対流熱伝達率の実験式をサーマルマネキンを用いた実測によって提案している(論文12)。そして、天井面からの空調における人体の対流熱伝達率を明らかにするために、サーマルマネキンを用いた実験をおこなっている。気流速度が0.3m/s以下の低風速域では、自然対流の浮力の影響により空調温度による人体の対流熱伝達率に差異が示されることを明確にし、自然対流域から強制対流域までカバーする暖房時と冷房時の実験式を提案している(論文13)。
第5章の放射熱交換については、放射伝熱面積率と放射熱伝達率、形態係数値、熱放射量の取り扱いに関する研究である。放射伝熱面積率に関する研究では、人体と周囲環境との間の熱交換量の基準となる人体の伝熱面積に着目している。体表面が接触したり体を屈曲させる姿勢の有効放射面積率は、比較的開放的な立位姿勢と比較して小さくなるという姿勢の影響が顕著に現れることを明らかにしている(論文14)。次に、放射熱伝達率に関する研究では、姿勢の違いによる熱伝達率の違いを明らかにすることで、部位表面との接触や相互の距離に加えて、床面との接触による影響が顕著に現れることを明らかにしている(論文15)。次に、形態係数値研究に関する研究では、床からの熱伝導を定量的に把握する観点から、実験をおこなっている。人体と近接したり接触する床面での形態係数値は姿勢により大きく異なることを明確にしている。また、人体の形態係数値は、人体の軸が対向する壁面に沿う長さや人体の前額面が対向する壁面に面する大きさに強く影響を受けることを明らかにしている(論文16)。次に、熱放射量の取り扱いに関する研究では、短波長日射量と長波長日射量の取り扱い手法を示し、平均放射温度への換算方法を明らかにしている。日射量の影響を表す屋外空間における短波長有効放射場ERFhtaSと湿度の影響を表す有効湿度場 EHFETFeを理論的に示している(論文17)。
第6章の伝導熱交換については、伝導伝熱面積率に関する研究である。伝導伝熱面積率に関する研究では、姿勢別の伝導熱授受量を算出可能な重み係数を提案し、その有効性について検討している。オフィスと同様に、従来は、床面と人体との間の接触面積は小さく全体表面積に対して無視可能とされ、接触部も立体角投射の法則に基づいて放射による熱交換とされてきた。そこで、生活空間でとる姿勢別に人体と床面との接触部位と接触面積を体表解剖学上の区分毎に実測をおこなっている(論文18)。そして、立位や椅座位姿勢を除き熱授受量を定量的に把握することが困難であったが、伝導熱授受量を算出するための重み係数を姿勢別に定義し、その姿勢別の伝導熱授受量算出用の重み係数により、伝導熱授受量の定量化を可能にしている(論文19)。次に、従来のオフィス空間を対象とした研究では、温熱環境を評価の際に、接触による熱伝導の効果を無視してきたが、人体と床面との接触面積比率が約2.5%を越えるような姿勢では、温熱環境を評価する際に、接触による熱伝導の影響を含めた検討が必須であることを明確にしている(論文20)。
第7章の平均皮膚温に関する研究では、伝熱学的に正確な姿勢別の平均皮膚温算出式を提案し、その平均皮膚温の実態を明らかにしている。従来の平均皮膚温算出法は、非伝熱面まで含まれているので、人体の熱交換量の算定が不正確になっていた。姿勢による部位別の伝熱面積の違いを示し、多様な姿勢がとられる生活環境では、姿勢により平均皮膚温算出法を区別する必要があることを明らかにし、伝熱面積を考慮した姿勢別の平均皮膚温算出用の重み係数を提案している(論文21, 22)。従来の生理学的なものとは異なり、伝熱学的に正確な平均皮膚温を求めることが可能な理論的に正しい世界で初めてのものである。そして、この研究成果を用いることで、姿勢という環境調節行動も評価の対象にすることが可能であることを示している(論文23)。全体表面積と比較して対流伝熱面積が小さいほど一般的に用いられているHardy-DuBoisの平均皮膚温との差が大きいという特性を示している。対流伝熱面積を考慮することで、四肢の皮膚温の影響を立位・椅座位姿勢とも平均皮膚温に表現可能なことを明らかにしている(論文24)。次に、人体の反応は実験や実測によって明らかにされるが、環境評価や予測では皮膚温などを計測することはできない。そこで、オフィスビルのペリメータゾンや日差しがあるリビングルームなどの室内空間における人体の皮膚温の予測をおこなうために、短波長日射と長波長放射、熱伝導による熱的影響を組み込んだ体温調節モデルを開発している(論文25)。
第8章の着衣については、着衣熱抵抗値と着衣面積増加率に関する研究である。着衣熱抵抗値に関する研究では、着衣熱抵抗値に及ぼす姿勢の影響を明らかにしている。姿勢によって着衣熱抵抗値が異なることを明確にし、従来の着衣熱抵抗値の実測方法や算定方法では姿勢の効果を表現できないことを示している。温熱環境の設計や評価をする場合には、姿勢の違いを考慮して着衣条件を検討し、着衣熱抵抗値を定めることが不可欠であることを明確にしている(論文26)。着衣面積増加率に関する研究では、着衣面積増加率に及ぼす姿勢の影響を明らかにしている。衣服の折れや重なりによる衣服の表面性状の変化や衣服内空間の空気層の変化などが影響し、姿勢の違いが着衣面積増加率に強く現れること示し、従来の着衣面積増加率の算出式では算定値に姿勢の効果を表現できないことを明らかにしている。従来の着衣面積増加率の実測方法では実測値に姿勢の効果を表現し得ないことを示している(論文26)。
第9章の温熱環境評価指標に関する研究では、行動性体温調節を考慮した室内温熱環境評価指標ETFと屋外温熱環境評価指標ETFeを開発している。日本の生活空間における平座位や臥位姿勢といった生活環境を体感気候の観点から評価するために、気温と気流、熱放射、熱伝導および湿度の5つの各影響を独立に温度換算し、加算した式として表現できる新たな室内温熱環境評価指標ETFを開発している(論文27)。そして、都市の温熱環境を改善する気候緩和効果を定量的に明らかにするために、屋外温熱環境評価指標ETFeを開発している。気温と風速、長波長熱放射、熱伝導、湿度、短波長日射量の6条件を含めたETFeを新しく導き、屋外空間における姿勢の違いを考慮した温熱環境の評価を可能としている(論文28)。次に、温熱環境評価指標としてのETFとそれを構成する要素の指標の有効性の検討をおこない、その実用性を明らかにしている。(論文29)。そして、体感への総合的な影響と個別の気象要素の影響を、同一評価軸上で数量化して表現可能であることを検証し、その実用性を明確にしている(論文30)。次に、行動性体温調節を評価可能な屋外環境評価指標ETFeの妥当性を検討するために、夏季の屋外空間における温熱環境刺激が人体影響に及ぼす影響を明らかにする被験者実験をおこなっている。夏季の屋外環境要因が人体の温冷感申告に及ぼす変動要因は熱伝導と湿度、短波長日射であることを明らかにしている(論文31)。次に、夏季の室内空間における温熱環境刺激よりも屋外空間における温熱環境刺激に対する人体の許容限界は高くなるとなることを示している。ETFeは夏季の屋外空間の温熱環境評価指標として利用が可能であることを明らかにしている(論文32)。そして、冬季の屋外環境要因が人体の温冷感申告に及ぼす変動要因を明らかにする被験者実験をおこなっている。屋外温熱環境の評価には気温と湿度、短波長日射、長波長放射、熱伝導を評価要素として組み込むことが不可欠であることを明確にしている(論文33)。
第10章の温熱環境が人体の生理および心理反応へ与える影響に関する研究では、温熱環境が人体へ与える影響を被験者実験により明らかにし、従来の体感温度指標が有効であるかの検討をしている。左右の壁面温度が対称及び非対称の場合を組み合わせた、温熱環境が人体へ及ぼす影響を生理・心理反応を通じて調べる実験をおこなっている。非対称な熱放射条件の場合、暑い側と寒い側、あるいは快適な側と不快な側のある範囲を往復するような申告の変動を明らかにし、左右いずれかの熱放射に対して無意識な選択がなされて感覚の申告がおこなわれていることを明らかにしている(論文34)。そして、従来の均一環境を対象にした体感温度による温熱環境表現では、非対称および不均一な温熱環境を十分に表現しきれないことを明確にし、熱放射の指向性や温冷といった熱放射の種類を考慮する必要性を示している(論文35)。次に、姿勢の違いに着目し、床暖房条件の違いが人体に及ぼす影響を明らかにする被験者実験をおこなっている。日本の生活空間では、姿勢別に温熱環境評価をする必要性を明らかにしている(論文36)。そして、姿勢別の体感温度を推定し、姿勢を変えることによる行動的な温熱環境の改善を定量的に明らかにしている(論文37)。次に、気温と風速・熱放射、湿度、熱伝導の5つの温熱環境の影響を求める被験者を用いた実験をおこなっている。ETFは、気温と風速、熱放射、湿度、熱伝導の影響を総合的に表現する温熱環境指標であることを実証し、生活環境における人体と環境との間の熱伝導の影響と姿勢の効果を評価できることを明確にしている(論文38)。次に、屋外温熱環境要因の人体影響を明らかにする被験者実験をおこなっている。自然景観観測点は、他の景観観測点と比較して、生理量である平均皮膚温が上昇しても快適感の低下が小さいことを明らかにしている(論文39)。樹木などの緑で構成する自然空間の方が、コンクリートや金属などで構成される人工空間よりも快適感を改善するには有効であることを明らかにしている(論文40)。そして、温熱的に中立な温冷感申告と快でもなく不快でもない快適感申告をする中立な平均皮膚温を明らかにしている(論文41)。
第11章の人体の快適温熱環境域に関する研究では、屋外環境の快適範囲と床冷房の快適範囲を提案している。放射床冷暖房がおこなわれている空間では、放射源の伝熱面積と人体側の伝導伝熱面積は顕著に大きくなり、人体の温冷感や熱的快適感に与える影響は通常の気温のみを制御対象とする空間に比較して強くなる。床冷房条件の違いが人体に及ぼす影響を明らかにする被験者実験をおこなっている。床冷房の冷却の効果により、全身の温冷感申告値が中立温冷感よりも暑い側を好む傾向を明らかにしている。投げ足位姿勢での床冷房の至適温熱環境条件は、伝導修正作用温度が25.3~30.5℃の範囲となることを提案している(論文42)。そして、人体が床面から受ける熱伝導と熱放射による冷却の効果により、空気冷房設備よりも床冷房設備の方が室内空気温度をより高い側に設定できる可能性を明らかにしている(論文43)。次に、短波長日射と熱伝導の影響が顕著となる屋外環境における至適温熱環境の範囲を提案するために、夏季と冬季の屋外温熱環境における人体の生理的・心理的反応を求める被験者実験をおこなっている。屋外の快適温熱環境範囲としてETFeで31.6~38.5℃であることを提案している(論文44)。
第12章の人体反応の解析と人体と温熱環境の科学的な記述に向けた研究では、温熱環境の人体影響の解明と、その結果を居住環境の創造や改善に活かすことを目的として、基礎的な熱の流れに関するデータを制御系に組込むための人体形状三次元数値人体モデルの開発や行動性体温調節モデルの開発、体感温度表現による行動性体温調節としての姿勢に着目した省エネルギー性に関する検討をしている。
人体と環境との間の熱収支の算出の基準となる人体の伝熱面積に着目した椅座位姿勢の人体形状モデルを開発している。人体と周囲環境との間の熱交換量の算定に不可欠である人体の体表面積・伝導伝熱面積・対流伝熱面積・放射伝熱面積を被験者を用いた実測により明らかにし、その妥当性を定量的に検証している(論文45)。 次に、熱放射と熱伝導を利用した空調設備の省エネルギー効果を検証するために、気温と床表面温を組み合わせた条件における被験者実験をおこなっている。床面と人体との伝導伝熱面積が大きい平座位姿勢では、床冷房は床表面温を気温よりも1~2℃程度低く設定することで、熱的な快適性が得られる温熱環境をつくることが可能であることを示している(論文46)。次に、環境調節行動を気流速度や放射温度、着衣量、代謝量、伝熱面積などの物理的・生理的係数値に置き換えて、人体の生理・心理的影響との関係を検討している。環境調節行為を環境家計簿へ組み込むことが可能であることを示している(論文47)。次に、戸建て住宅の熱的性能を温熱環境の実測結果より明らかにしている。対費用効果に配慮した断熱改修のエネルギー節約の効果を原油一次エネルギー換算にて明確にしている(論文48)。次に、植物を眺めることによる省エネルギーの効果を明らかにするために、やや不快となる温度領域の環境範囲内で被験者実験をおこなっている。草木などの緑が含まれる景観画像が体感温度への効果を明らかにし、積極的に室内空間に視覚刺激を組み込むことの意義を明らかにした(論文49)。そして、屋外空間における行動性体温調節をする人体の体温調節反応の予測をおこなうために、熱伝導による人体組織間の熱コンダクタンスの皮膚層の質量割合によるモデル式を組み込んだ体温調節モデルを開発している。環境要因として、短波長日射と長波長放射、熱伝導による熱的影響が組み込まれている。屋外温熱環境評価指標ETFeとの関係より、短波長日射や熱伝導などの温熱環境条件から受ける影響を表現可能であることを示している(論文50)。